バンドとベースの思い出 2002年

2011年6月18日(土) 02:32

【バンドとベースの思い出 2002年】

前の日記からの続き

2002年
新たな会津藩のメンバーを探そうと同じ大学にある、音楽サークルをやっている友達に相談する。
「歌が歌えてギターを普通に弾ける、ドラムは普通に叩ければいい」。

歌えると言うことでアヤノリを紹介してもらうことになった。
何回か面識もあったので、早速やりたいバンドのイメージを説明。
すぐに一緒にやることになる。

ドラムはアヤノリと同じ音楽サークルの89(パク)を紹介され、メンバーが集まった。
そして3人でバンドがスタートした。
大学のサークル部屋が使えるようになり、スタジオが無料で使えたのが嬉しかった。

過去の3曲(輝く明日に会えるように、片思い、失恋)をバンドで合わせるように練習。

新曲作りもハイペースで行った。
「愛しい人へ」が完成。
好きだった人へ伝わらないから歌で伝えることにした。この曲で曇った心が少し晴れたんだ。
「もう少し信じる心が欲しかった 君のすべてを独占したかった ケンカもしたけれど仲良くなれたね 好きで好きで束縛したんだ」
今思うと恥ずかしい歌詞です。

リフの勢いある曲が欲しくて、「LOVE会津藩」が完成。

「いい恋愛をしろよ」が完成。
彼氏彼女が居なくて焦って付き合う人がいて、すぐに別れてしまう人が多かった。
とりあえず付き合うか的な。
愛はそれぞれだけれど、自分の心に残っていくものだから。
この曲は恋愛の応援ソング。

この6曲でライブを数回したが、89(パク)のドラムが下手だったことで、アヤノリからドラムを変えたいと相談を受ける。
そして89(パク)からアヤノリと同じサークルのドラム(高橋)に変わった。

4月頃に会津藩Tシャツ発売。

1stDOMO音源をレコーディングすることにした。
ライブで知り合ったESPの専門学校に通う、フクザワ氏(あだ名はラーメンさん)にレコーディングしてもらった。
ラーメンさんがMTRをもって大学に来てくれて、6時間で5曲レコーディングした。
1週間後、ミックスしてもらった音源が到着。ラーメンさんありがとう!
1stデモCDが完成。
ジャケットデザインは会津藩Tシャツのデザインを使った。
1.輝く明日に会えるように
2.愛しい人へ
3.片思い
4.失恋
5.LOVE会津藩
300円で1stデモCDRをライブ会場で販売。

ドラムが高橋から89(パク)に戻る。
理由は高橋が諸事情で忙しくなった、暇してる89(パク)に声をかけた。

アヤノリ、89(パク)とライブを重ねた。

あるライブ会場でチリチリロン毛の怪しい人に声をかけられ
2003年CDリリースが決まる。

仲が良かったバンド「サガチェンジャー、Ihatovo inc.」と福島ツアーを決行。

9月に来年発売CDのレコーディングが決まった。


レコーディングまでに新曲を2曲(夢の世界に行こうよ、少年時代)作った。
「夢の世界に行こうよ」
夢を持って生きる、自分へのメッセージ。
日曜日は東京ディズニーランドに遊びに行こう。
「少年時代」
卒業、友達との別れ。
共に笑って過ごした日々を忘れないよ。
今でも俺のことを覚えていますか?
今はどんな生き方をしてますか?
君と過ごした思い出は、一生俺の宝物だよ。
楽しい思い出、悪い思い出、今となれば笑って言える。
あなたが30、40、50、60歳になっても、俺はあなたをあだ名で呼ぶでしょう。
俺の心の中であなたの笑顔はいつになっても変わりません。
歌詞で自分の思いを歌にぶつけました。

9月になり、東京のスタジオで5日間レコーディング(スタジオに4泊)。
初めてちゃんとしたレコーディングでかなり緊張。
演奏も歌も下手だけど、勢いと気合いに注力して7曲レコーディングが無事終わった。
CDタイトルも決めた、「戻らない日々」。

よく出入りしている服屋「JET LINK」で知り合った泉川マクフライさんにCDデザインをお願いした。
そして2003年のCD発売まで、ツアーの準備、新曲作りを行っていく。

続きはまた書きます。

写真
2003年に発売した1stCDのジャケットと写真。会津藩Tシャツデザイン(デモCDのデザインも同様)。

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